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Category: ◆ニュースレター(にじいろくれよん) (page 1 of 2)

【にじいろくれよんbookより〜その⑩】

4月に発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、こちらのページでもお伝えしていきます。

地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね。


今回は、1945年7月1日の呉の市街地空襲を絵本にした、絵本作家のよこみちけいこさんをご紹介します。

今週末、このまちの歴史に、少し思いをはせてみてはいかがでしょうか。


くれ協働センター、ひろ協働センターでは、呉空襲に合わせて特集展示もしています。
ぜひ、そちらもご覧くださいね。

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子どもにまちの“物語”を伝える人

絵本作家/呉かみしばいのつどい/T-break
よこみちけいこ さん   

〜今生きている場所が辿った歴史を 子どもに知らせたい〜

「ここで空襲があったことすら知らない同世代の親がたくさんいるんですよね」

レンガ敷きの呉の街を眺めながらゆったりとした口調で語るよこみちさん。
呉で小学生の子ども2人を育てながら絵本やかみしばいの創作と読み聞かせの活動をしています。

呉市出身。高校卒業後、大阪の教育大学に進学し音楽学を専攻。卒業後は営業職で名古屋、大阪で勤務しますが2年で退職します。

「営業という数字の世界が合わなかったかな。〝人に感謝される仕事がしたい〟と思ってた」

独学で学んで保育士資格を取り、幼児教育教室で講師として働きますが、27歳ごろに迷いが生まれます。

「全然自信がなくてやりたいこともない。これからどうするんだろう、って。幼児教育には興味があるし〝絵本作家になる〟と決めて試してみよう、と」

まずはコンクールを目指し、連休4日間、家にこもって絵を描き続けました。

「お腹も空かずお風呂も入らず。すごく楽しかった。そこまで夢中になれることがそれまで無かったから〝これか!〟って」

それから、昼は仕事、夜は創作、休日は絵本創作教室という日々。体力的にも金銭的にも限界を感じ29歳で呉に戻ります。すると1ヶ月後、デビューが決定。何冊かの本を出版する中で、呉の空襲を描いた「ふうちゃんのそら」が生まれます。

「子どもが小学校1年生の時、7月1日に学校から帰って『なんか知らんけど目をつぶった』って言うんです。黙祷のことですね。これはいかん、と。生まれ育って今生きている場所がどういう歴史をたどったか知らせたくて」

空襲を体験した方に話を聞く機会を持ちたいと思っていた矢先、よこみちさんの絵本の原画展に来ていた呉空襲の体験者、中峠房江さんに出会い、その記憶を元にした「ふうちゃんのそら」が生まれました。

 

・イベントでのライブペイントと演奏会(ピアノ担当)

「生活の中のちょっとしたドラマを描きたい」

創作についてそう語るよこみちさん。
空襲という大きな出来事の中で小さなふうちゃんが感じたことが丁寧に紡がれた作品に、その思いは現れています。

・空襲体験者の中峠さんによる「ふうちゃんのそら」かみしばい実演

(2017年5月 取材)

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スタッフ 小野

【にじいろくれよんbookより〜その⑨】

先月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、こちらのページでもお伝えしていきます。

地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね!

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まちの観光資源を発掘する人

 

ブループロジェクト
河崎 圭一郎さん

〜眠っている観光資源を 掘り起こしていきたい〜

「昔は、呉が嫌だったんよ。他の町がどんどん綺麗になるのに、呉には何もない、と思ってた」

柔らかな語り口でそう語るのは、呉に新しいお土産をつくっていくことを目的に2012年に始まった「ブループロジェクト」で活動を続けている河崎 圭一郎さん。
海上自衛隊の制服やグッズの製造・販売を手がける「制服のフジ」の常務、また雑貨屋「ステッチハウス」の責任者でもあります。

出身は山口県の光市。福岡県の専門学校を卒業後、就職して配属先の呉に移住し、2年後に結婚。奥さんの実家である制服のフジで働き始めます。
その頃はまだ、呉に町としての魅力を感じていませんでした。

「他の町には大型ショッピングセンターがどんどんできて、便利だなーっ、て」

でも、時を重ねて、その考えは変わっていきます。

「いろんな町の商店街を見るのが好きなんじゃけどね。ある時気づいた。他の町がどんどん均一になる中で、呉には不思議と色んなものが残っとる。それは、実は資源で、今からいくらでも活かせるっ、て」

12年前に大和ミュージアムができ、そのショップに、制服のフジも土産物としてグッズを納品することになります。
その当時は土産物はほとんどなく、ショップの棚はガラガラ。商品開発に力を入れることになりました。
その中で海軍や自衛隊、呉の歴史を調べ、改めて、呉の面白さに気づきます。

「歴史は町の中にちゃんと残ってるんよね。大和ミュージアムに来た人に〝大和〟以外の呉のいい所を紹介できる商品や場を作りたかった」

ブループロジェクトの立ち上げに参画し、そこで作った商品のお披露目の場として年に2回、大和ミュージアム前の広場で「レンガパークマーケット」というイベントを開催してきました。

「眠っている観光資源はまだたくさんあると思う。それを掘り起こしたいんよ。呉の魅力は、ちゃんと商品に落とし込んでいける」

穏やかながらも、夢を語る子どものように楽しそうな河崎さん。その魅力で、呉の歴史と今、そして人を繋いでいっているのだと、感じさせられました。

(2017年3月取材)

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【画像】
・制服のフジ 店内には海上自衛隊の制服がずらり
・ステッチハウス 子ども服への名入れから始まった子ども服と雑貨のお店
・呉の観光資源を発掘して伝えるレンガパークマーケット

スタッフ 小野

 

Blue Project(ブループロジェクト)

【ボランティア団体のご紹介:ベビータッチケア バンビーノ さん】

今日は次回「にじいろくれよん」の取材のためにベビータッチケア バンビーノさんの活動に伺いました。

赤ちゃんと肌でふれあう「タッチケア」のやり方を伝えながら、育児中のひとたちの交流の場づくりをしている団体さんです。

オイルマッサージの仕方を教えていくのがメインですが、まずは、はじめに、みんなで歌いながら赤ちゃんとふれあいの時間。

【ボランティア団体のご紹介:ベビータッチケア バンビーノ さん】 今日は次回「にじいろくれよん」の取材のためにベビータッチケア バンビーノさんの活動に伺いました。 赤ちゃんと肌でふれあう「タッチケア」のやり方を伝えながら、育児中のひとたちの交流の場づくりをしている団体さんです。 オイルマッサージの仕方を教えていくのがメインですが、まずは、はじめに、みんなで歌いながら赤ちゃんとふれあいの時間。 ゆるやかな時間が流れる、大人も子どもも笑顔の素敵な空間でした♪ レポートは、何回かに分けてお届けします。 スタッフ 小野

呉市市民協働センターさんの投稿 2018年6月8日(金)

 

ゆるやかな時間が流れる、大人も子どもも笑顔の素敵な空間でした♪

レポートは、何回かに分けてお届けします。

スタッフ 小野

 

ベビータッチケアバンビーノ – Wix.com

【にじいろくれよんbookより〜その⑧】

先月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、こちらのページでもお伝えしていきます。
地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね!

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地域で「新しい生き方」を見せる人

 

丸本 雅明 (Masaaki Marumoto) さん

安浦町まちづくり協議会/ 呉が創ったアートたち展

〜外にいたからわかる 「中途半端な田舎」の面白さ〜

「この中途半端な田舎が、好きなんですよね」

大きな窓から見える田んぼやあぜ道を眺めながら、穏やかな表情で語る男性。
安浦町で「土の器工房」という陶芸工房を開き、陶芸活動をしている丸本雅明さんです。

呉に関わる作家たちが集まり、呉市内を会場として開催しているアートイベント「呉が創ったアートたち展」のメンバーとして関わったり、その傍ら、安浦町まちづくり協議会の広報担当として、ホームページや情報誌の制作をしています。


今は安浦町の自然の中で土に触れて生活をしている丸本さんですが、16年前までは、広島市内でコンピュータ関連の仕事をしていました。

「きつい仕事でした。休みは無いし、当時はポケベルの時代でしたけど、夜中に鳴って呼び出されて対応に当たるんですね。やりがいもありましたけど、ある時『生活を大事にしたい』とはっきり思ったんです。自分で負える責任の範囲で生きていきたいと」

退職を決め、田舎の風景に惹かれて平成12年に安浦町へ移住しました。

陶芸は、会社員時代に同僚に誘われて教室に通ったのがきっかけで出会いました。

「自分がつくった器でごはんを食べた時、すごくいいなあと思って。だから私が作るのは、普段使いの器。〝陶芸家〟には違和感があって。私は〝器やさん〟なんです。手に触れて使ってもらいたい」

移住から5年後、本格的な工房を立ち上げました。
そして、平成21年、まちづくり協議会のホームページと情報誌「TANTO(たんと)」の制作に関わることになります。

 


記事のための取材で、改めて気づくことも。

「外にいたからわかることもあったかもしれません。安浦って、田舎だけど町がちゃんとある、面白いところなんですよ。小さいけれど光る店がちょこちょこあって」

前職のウェブの技術は、結果的にまちづくりにも生きています。

「生きる道、何個かあって良いと思いますよ」

そう言って笑う丸本さんに、豊かな生き方を教わったような気がします。

(2017年1月取材)

【写真】
・まちづくり協議会が発行している情報誌「TANTO(タント)」

くれ協働センターでも配布しています、
地域の歴史や、きちんと取材されたお店の情報が盛りだくさん!読み応えがありますよ♪


・呉が創ったアートたち展
呉に関わる画家、作家が主催し呉市内を会場として開催しているアートイベントです。作家の展示だけでなく、体験型の企画があるのが特徴。主に秋に開催。画像は、2016年の野呂山での開催の様子です。

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スタッフ 小野

【にじいろくれよんbookより〜その⑦】

今月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、こちらのページでもお伝えしていきます。
地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね!

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まちの歴史を観光につなげる人

呉観光ボランティアの会 会長
福原 実夫

〜知識は財産 それを伝えていきたい〜

「僕らのふるさとじゃ。あの辺りは」

そう言って、誇らしそうに呉の工場地帯の方を指さす、ハツラツとした、白髪の男性。
呉の観光地各所でボランティアでの案内をしている「呉観光ボランティアの会」の代表の、福原実夫さんです。

呉を〝ふるさと〟と語る福原さん。出身は山口県の下関市です。呉に来たのは19歳の時。製鉄所で働くためでした。

「呉駅に家族が来てね。『頑張れよ』言うて。でも道がわからんし寮の場所もわからん。怖かったよね。19歳で知らん土地で」

そんな呉での生活のスタートでしたが、高度経済成長での呉の産業都市としての繁栄のただ中を過ごし、60歳の定年まで働きました。そして定年後は、知人の誘いで、市外へのツアーを企画する旅行会社で働きます。

「楽しかったよ。企画して人に楽しんでもらうんは」

3年ほどで仕事から離れ、カラオケや書道、日本舞踊など、習いごとを楽しむ生活をしていましたが「自分の持つ知識で社会貢献がしたい」と思い、平成18年、呉観光ボランティアの会に入会しました。

「歴史は学生の頃は苦手じゃったよ。でも定年後に苦手なことをやろうと思うてね。日本の行く末を語るのに、歴史を知らにゃ語れんじゃろう」

歴史を学ぶ中で、呉の戦後への興味が深まります。

「何の気なしに生きて来た場所じゃけど、焼け野原で失業の町じゃったはずの呉が這い上がった。すごいことよ。それは何故か?と」

福原さんの口からは歴代の市長やその細かな政策まで、豊富な知識が溢れ出ます。

「絶えず〝何故?〟を持って歩いとる。今の呉を語るには、昔を知らにゃいけんじゃろう」

その尽きない探究心が今の活動を支えています。


「ボランティアの会員さんが、ほんまに一生懸命勉強してくれとる。それが一番の刺激。会員さんの知識は財産。それを伝えていきたいんよ。活動を継続させて、日常で呉を楽しんでもらえるようにしていきたい」

目標は、観光とまちづくりを一体でやっていくこと。
現在、80歳。その探究心とパワフルさに触れ「負けてはいられない!」と思わされました。

(2016年11月 取材)

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スタッフ 小野

 

「案内させてください!」 呉、豊町、倉橋町 観光ガイド - 呉市ホームページ

【にじいろくれよんbookより〜その⑥】

今月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、こちらのページでもお伝えしていきます。
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まちの思いと建物を守る人

 

 

広島県建築士会 呉地区支部 副支部長
呉YWCA 業務執行理事
家頭 昌子さん

〜ここには「思い」が いっぱい詰まっている〜

呉、本通りの四ツ道路から亀山神社に向かう道。そこを通ったことがある人なら、きっと見かけたことがあるはず。右手に現れる、変わった形の古い木造の建物ー呉YWCAです。
元は海軍施設で1945年の呉空襲で残った貴重な木造建築物。戦後、進駐軍が入ったのち、呉YWCAが買い上げ長年大事に使ってきました。今年の6月には、地域で大事にされる建物を集めた「なかなか遺産」に認定されています。

その保全活動を進めているのが、建築会社 家頭組で建築士として働きつつ、広島県建築士会 呉支部、また、この11月から呉YWCAの業務執行理事として活動している、家頭昌子さん。

「こんな日が来るとは思ってなかったな」

そう言って笑います。
この場所と深く関わるようになったのは、ここ数年のこと。

「子どもの頃は絵画教室で来たことがあって。いつも年代関係なく、たくさん人がいて温かい場所のイメージだった。久々に来てみたら、いなくて。びっくりしちゃった」

2年ほど前、当時の運営の方に声をかけられ、外部理事として関わり始めます。
そして昨年春。降って湧いた建物の解体の話。建物は老朽化し、会員は高齢化し人も集まらない現状。そんな中で始まった検討会。

「先が無い。売却か解体に」という中ば諦めの意見が占めていた中、徐々に聞こえてきた「ここは心の拠り所」「大事な場所」という、利用者の方々の本音。

「『何もできないから何も言わない』という状況だったんだと思う。でも人の思いってすごく大きい。どんなに良い建物でも、そこに思いがなければただのハコ。でも、ここには〝思い〟がいっぱい詰まってるんだな、って」

 

保全の方針が決定。
その後、イベント利用やテナント貸し、「なかなか遺産」への推薦など、建築士会などのこれまで〝外部〟だった人たちを巻き込みながら保全活動を進めています。

「今の思いを次の世代につなげる場所にしたい…できるかなー」

そう言ってカラリと笑う家頭さん。何だか安心させられてしまうような明るさと豪快さが、周りの人をも突き動かす力なのかもしれません。

(2016年11月取材)

写真
・テナント利用している雑貨店の店主と
・呉工業高等専門学校とのベンチづくり

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スタッフ 小野

【にじいろくれよんbookより〜その⑤】

今月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、こちらのページでもお伝えしていきます。
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人も動物も幸せなまちにする人

 


くれアニマルボランティアの会
増本聡さん 増本千代美さん

〜何もしないと 後退するばかりだから〜

青空と緑が心地良い休日のグリーンヒル郷原。
その1角の広場で、10頭ほどの犬が学生に連れられ、楽しそうに駆けています。
呉市動物愛護センターで保護されている犬たち。捨て犬などが保護され、新たな飼い主を探すために集められています。

この日は高校生の体験ボランティアが訪れていました。
散歩の仕方を教えるのは「くれアニマルボランティアの会」として動物の世話や掃除、啓発活動などをしている、増本聡さん、千代美さんご夫妻。

「ここは、捨てられる動物が居なければ、本来要らんのです。今、広島県は殺処分ゼロですが、引き取りをする団体が無理して頑張っているだけで解決ではありません。捨てる人が居なくならんにゃ、意味がないんです。皆も気軽に飼わんで欲しい」

学生たちに、淡々と、穏やかに語る聡さん。でも、その声は切実です。
ほとんど毎週、休日には活動に訪れる増本さん夫妻。センターに訪れ始めたのは、結婚する前のこと。先に居たのは千代美さんでした。

「昔は、ここに近づきたくなかった。犬が好きだから〝悲しい場所〟を見たくなくて」

初めて訪れたのは、2008年。グリーンヒルに芝桜を見に訪れた際、そこで繋がれていた犬にふと惹かれ、懐かれたことがきっかけでした。

「その犬・・・『アイちゃん』に会いに行こう、と思って通い始めました。ボランティアという意識もなく。自分は飼えない環境なので『アイちゃんが貰われるまで』と思って。貰われた時は、嬉しくて嬉しくて。そしたら、また気になる子が現れて・・・で、今に至る、と(笑)」

ある時「力仕事要員で」と、友人に誘われて訪れたのが聡さん。

「昔から動物に好かれるんですよ。初回、子犬の体を拭いたんです。犬が喜ぶんで。やりがいを感じて。自分の特技が生かせる場が見つかった感じです(笑)」

休日の度に活動するのは大変なはず。でも、お2人が持つ雰囲気はとても穏やかです。

「問題の解決には100年かかるんじゃないか、と思うんです。でも、何もしないと後退するばかりだから」

そう話す千代美さんと、深く頷く聡さん。

一歩一歩、着実に。

その活動は〝悲しい場所〟だったセンターを、動物たちの新たな家族を探すための〝あたたかな場〟へと少しずつ変えています。

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呉市動物愛護センターの保護動物の情報はこちらをご確認ください。
http://hiroshimapet.blog109.fc2.com/

スタッフ 小野

【にじいろくれよんbookより〜その④】

今月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、
こちらのページでもお伝えしていきます。
地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね!
 
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子どもたちの居場所をつくる人

  

岩下 啓子
元 二川児童館 館長 

〜子どもたちがほっと一息つける 居場所をつくりたい〜

「あ!顔を虫に刺されとるよ!薬塗らんと。こっちに見せて」
そう言って、小学生の男の子の頰に薬を塗る女性。
「ありがとうございます」
小さな声でお礼をする男の子は、何だか恥ずかしそうで、嬉しそうです。
違う方向からは「先生!外で遊んでいいですか?」と元気な声が。
「ええよー!気をつけてね」
まるでお母さんのような、親戚のような・・・。

優しい笑顔で子どもたちを迎える、二川児童館館長の岩下啓子さん。
館長になったのは7年前ですが、スタッフとしての期間を合わせると、もう20年以上も児童館にいます。

時代の変化とともに、きっと、子どもたちの様子の変わったのでは?と聞くと「昔も今も、子どもがかわいいのは変わらないですよ」と、にっこり。
本当に子どもたちが大好きなことが伝わってきます。

元々、保育士として働いていましたが、2人目の子どもが生まれたのを機に離職。
自由な時間ができ、近所の母親たちが自分のスキルを生かして地域に貢献する活動をしていた「母親くらぶ(現・地域連絡協議会)」に参加していました。
児童館は活動場所として利用していましたが、紹介を受け、スタッフになりました。

児童館の利用者は様々です。

学校終わりの子どもたち。
ふらりと立ち寄る近所の人。
親子づれ。

月に1度は、乳幼児とその母親向けの行事もあります。

「イベントばかりにはしたくなくて。常に〝居場所〟としてそこにあって、安心してほっと一息つける場所でありたいんです。子どもの居場所づくりの一端を担えたら」

その岩下さんの信念が、きっと児童館を包んでいます。

あたたかくて、どこか懐かしさを感じる場所。

最近は、他の地区からも子どもが来るそうです。
こうした場所は、今、少ないのかもしれません。

「『あー楽しかった!』『また来たいな!』って、子どもが自然と言っているのを聞いた時が一番嬉しいです。ここは、そうした場所でなければいけません」

今日も、岩下さんのとびきりの笑顔が子どもたちを迎えます。

(2016年7月取材)

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岩下さんは平成30年3月末に退職されました。
退職の2日前に伺うと「ここを“みんなにとって癒しの場所に”という思いは変わりません」と。
その思いはちゃんと受け継がれることと思います!

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スタッフ 小野

【にじいろくれよんbookより〜その③】

今月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を、
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地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね!
 
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地域ぐるみで子育てする人
 
是貞 聡志さん

  
 
NPO法人 ファザーリング・ジャパン中国支部 
〜できる人が、できることを〜
 
「もっとちゃんとした格好の方がよかったんじゃないん?」「いや、ええじゃろ」。高校生の息子のツッコミを、笑顔でさらりとかわす父親。何気ないやりとりに良い関係性が滲み出ます。
  
父親の子育てへの役割について啓発活動をしているNPO法人「ファザーリング・ジャパン中国」で活動している是貞聡志さん。
 
きっかけは、自分の子育てへの〝反省〟でした。
  
呉市職員として働く是貞さん。息子の伊吹くんが生まれた頃は、毎日仕事で帰りが遅く、子育ては奥さんに任せきり。しかし、伊吹君が1歳半になった頃「子育て支援課」へ配属に。
そこで、子育て中の多くの母親に触れて初めて、その大変さに気づきました。
 
「手遅れですよね。子どもはもう1歳半。日々大きく変化する大事な時期にいなかった。せっかく父親になったのに親としてやれることをやらないなんて、何てもったいないことをしたんだろう、と」
  
そんな思いの中で支援課を担当した6年間。
育児中の人の交流場「くれくれ・ば」や情報発信する団体「くれパステル」、託児システム「ファミリー・サポート・センター」の立ち上げに尽力します。
 
そして、課を離れ自分に立ち戻った時、全国組織のファザーリング・ジャパンが実施していた「子育てパパ力検定」に出会います。自分を試そうと軽い気持ちで登録したところ、思わぬ流れで広島開催の実行委員に。
その後、支部の立ち上げに関わり、今はイベント運営や講演をしながら、父親としてPTA活動に精力的に参加しています。

 
 
「できる人が、できることを、ね。楽しいです。妻には『大変な時に何もしなかった人が講演なんておかしい』と言われますけど(笑)」
  
最後に、伊吹くんに聞いてみました。
「お父さんをどう思いますか?」
 
「『すごいな』って。社会人になってあんな風になれたら、と」
 
そんな風に親を語れるって、素敵です。
 
きっと、楽しんで物事に取り組む姿を、普段から近くで見ているからですね。 

(2016年5月取材)

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その後、是貞さんは2017年4月に10年ぶりに子育て支援課に。
「虐待や貧窮などの一筋縄ではいかない問題に課題が変化した」と感じているそう。

「根本的な問題は大人が子どもにかける時間を減らされていること。大人が一生懸命子どもに関わることを忘れないように、関われる環境づくりをしたい」

とのこと。楽しみです!

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スタッフ 小野

 

NPO法人ファザーリング・ジャパン

【にじいろくれよんbookより〜その②】

今月発行した「にじいろくれよんbook」の内容を
こちらでもお伝えしていきます。
地域への関わり方はいろいろです。
様々な呉の彩り方をみつけてくださいね!
 
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まちと本と人をつなぐ人
 
黒星 恵美子さん
松見 恵子さん
 
  
呉ブックストリート実行委員会
〜「book street」は 人が出会う場所〜
 
JR阿賀駅から住宅街を10分ほど歩くと、住居の玄関に小さく「甘茶書店」と書かれた白い のれん が。のれんをくぐると、8畳ほどの小さなスペースに、様々な種類の本が可愛く並ベられています。
2016年4月にオープンしたこちらの書店は、松見恵子さんと黒星恵美子さんが姉妹で営んでいます。実家の一部を改装した、2人の活動の事務所兼書店です。
「活動」とは、妹の黒星さんが代表を務める「くれbook street実行委員会」の運営。
2011年から年に1回ほど、呉の中心市街地で「一箱古本市」やトークイベントをしています。
一箱古本市は、参加者がそれぞれダンボール1箱分の古本を持ち寄って売るスタイルの古本市。

 
「楽しいのは、売ることより〝本でコミュニケーションを取る〟ことなんです」と、黒星さん。

始めたきっかけは、黒星さんがテレビ番組で見た、東京の不忍通りの一箱古本市でした。

「本は、普通インドアなもの。でも青空の下なら、本を好きな人が集まるんじゃないか、と」

その古本市の主催者と知り合う機会を得て、呉での開催につなげました。
元々、出版社で編集の仕事をしていた黒星さん。自分が住む場所をもっと知りたいと、編集を黒星さん、イラストやデザインを松見さんが担当し、呉の情報を集めたフリーペーパー「甘茶手帖」も2008年から発行しています。

「呉について知っているようで知らない部分があって。もっと知れたら面白いな、と。book streetも同じ。人が知り合う、出会える場なんです」

古本市は、毎回新しい参加者を加えながら、手法を変えつつ途切れず続いています。

「少しずつ〝面白いな〟と思って動いてきたことが今に繋がっています。地味に少しずつ広がれば」

 
お2人の笑顔に「じわり」と、でも着実にまちを楽しくしていく、1つのお手本を見た気がしました。

(2016年4月取材)

 

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